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水野 優香

じっくり丁寧なカウンセリングで、
原因を考え、改善する。それが水野式。


一番大切なもの

家族、仕事、健康、お金・・・どれも大事ですし、人によって様々ですが、全てが健康であってこそ、より意味があるというか。健康であってこそのものだと思います。中学時代、無遅刻無欠席、無早退、皆勤賞だったくらい健康優良児の私でしたが、私を生んだ母は健康ではありませんでした。私を生んですぐ脳腫瘍にかかり、手術の後遺症で障害をもってしまいました。そんな体で一生懸命に仕事をして帰ってくる母に、肩を叩いたり揉んだりして喜んでもらうのが私は好きでした。

30代を過ぎ、色々な仕事をしてきて、ふと「本当にやりたいことって何だろう?」って考えたとき、私はマッサージが好きだ!!と気づきました。マッサージをしていると時間が経つのが早かったですし、何より私のマッサージで喜んでもらうことがとても嬉しかったのです。

やりたいことに気付いた私は、アロマとマッサージの勉強をするためにオーストラリアへ留学しました。留学が終わり、帰国してすぐに母に全身マッサージをしてあげました。意気込んで母の体をマッサージしたときのショックは今でもはっきりと覚えています。とてもこわばった体。こんな体でよく今まで一生懸命頑張ってこれたなと・・・。そして、私の今のマッサージでは、母の体をよくしてあげることは出来ない・・・と。

帰国して東京のアロマサロンに就職していましたが、病院でマッサージしているところならより高い技術が得られると思い、さっそく数多くの病院に履歴書を送りました。ほぼ全て送り返されてきましたが、唯一『会ってみましょう』と言ってもらえた、『みらいクリニックの今井先生』に面接して頂いたのが2008年。それが加圧トレーニングと薬を使わない医療との出会いでした。今井先生の下で勉強しながら、山口県下関市の整体の先生に無理やり弟子にしていただき整体を学びました。毎週高速バスで福岡⇔下関を通うのは大変でしたが、2009年に天神で自分のサロンを出し、さらにリンパマッサージを研究し、リンパ+加圧+整体+アロマを組み合わせた今の施術に辿り着きました。

そして現在・・・。母の調子もずいぶんよくなり、毎月の施術の後には、「体が楽になってるよ」と喜んで帰ってくれています。すべての人の症状を楽にしたい。ちゃんと結果の出るマッサージをしたい。病気になりにくい体になってほしい。そのために、生活習慣までも改善して頂く必要があるので、丁寧に丁寧にカウンセリングをしております。

体だけでなく、心まで楽になってもらいたいという思いで日々仕事と向き合っています。母の病気が現在の私につながっているように、皆様のあらゆる辛いこと、悲しいこと、患っている病気が、その先の何かにつながっていることを信じて。


水野 優香

水野優香(みずのゆか)1974年4月12日山口県下関市出身。
2歳上に兄。両親は高校教師。父親はのち山口県会議員に。

下関市立桜山小学校、下関市立文洋中学校、山口県立下関西高等学校卒業。
明治大学政治経済学部政治学科へ入学。政治学科へ行ったのは、教職から議員へと転職した父親の影響。

就職超氷河期の時代、なんとかSE(システムエンジニア)の見習いとして一般企業に就職。

24歳で福岡西新で"勉強のできない子のための塾"『ミズノセミナー』を立ち上げる。

30歳で塾をやめ、海外のたくさんの国を見る旅に出る。

33歳、オーストラリアにアロマテラピー留学。帰国後東京のアロマサロンに就職も、もっと人の体を良くしたい!と、福岡博多の"みらいクリニック"に履歴書を出し面接を受ける。今井先生の"薬を使わない医療"と加圧トレーニングに出会う。東京から福岡へ。

35歳。加圧+整体+アロマの融合したマッサージ店"加圧アロマサロン"を天神東宝ビル内の美容室の一角に間借りする形で出店。36歳。美容室が潰れ、美容室を買い取りオーナー業と、施術を頑張る日々。

39歳。入っていたビルが取り壊されるとのことで、大名小学校の隣のビルに移転。美容室も人手に渡す。

40歳。結婚に伴い、自宅兼仕事場として大濠に移転。42歳、不妊治療の末、男児出産。

43歳、六本松店を出す。育児、家事、仕事に追われる日々、今に至る。


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